経済改革とは企業の自主性の拡大と

2010年1月20日

市場メカニズムの導入によって、旧ソ連型計画経済制度の特徴である集権制を改め分権化を進めること。

ポーランドの経済学者ブルスの言い方に従えば、社会主義経済運営における伝統的な「集権モデル」を新たな「分権モデル」に切り換えることである。

経済改革の対象とされた伝統的な計画経済制度は、ソ連で1930年代に成立し、第二次世界大戦後、東欧諸国や中国にも当初そのままの形で移植されたものであり、その特徴は、企業に対する中央からの生産課題・生産財の割当配分制を通じて、企業経営上の意思決定権までもが中央計画機関に集中される集権的・非市場的経済システムにほかならない点にあった。

失われた十年は元来は1980年代の

2009年12月29日

中南米の経済状況について使われたことばであるが、90年代末ごろから、日本の90年代をさすことばとして転用されるようになった。

80年代の中南米諸国は、多くの国でマイナス成長、ハイパー・インフレーション、失業の急増にみまわれた。

原因は、70年代の開発ブームが終焉(しゅうえん)し、80年代初めに海外資本が流出、債務危機に陥ったことにある。

経済が安定を取り戻し、海外投資が回復するまでほとんど10年を費やした。

その間、経済面ではなにも達成できなかったという意味で、「失われた十年」とよばれた。

日本の「失われた十年」では、1980年代後半の過大な金融緩和が過剰投資、とくに不動産投機を生み、それが地価、株価の急騰、過剰な貸出、投資に結び付き、いわゆるバブル経済をもたらした。

しかしその後、地価も株価もバブル以前の水準に下落した。
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